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久生十蘭短篇選 (岩波文庫)

　凄まじい美文、これでもかと謂うほどの知識、しかも、凝りに凝った仕掛け。傲慢にして、皮肉。顎十郎も、いやな野郎だったけど、作者本人が、もう、止めどもなく、気障で、嫌味で、傲岸な野郎だったのではと思わせるような、これ見よがしの技巧だ、知識だかを、振り撒いている。美術だ、工芸だ、着物だ、料理だ、文学だ、歴史だ、挙句は、造園の薀蓄まで、のそのそ曰う。　こういう、表面的な嫌味の裏で、人の悲しみや、妬み、恨み、拘りや、面子、さては、愛情や正義等々、あらゆる感情の機微を、繊細に捉えて、静かに物語を動かし、最後に、えっ！とか、ああそうなのか･･･とかの、おち？というか、始末をつけるところが、心憎い。　ここまでのかっこ良さが、流石に、嫌味だったか、表だった有名作家ではないが、お好きな人は、広く、深くおられるのだろうなあと、納得です。久生十蘭短篇選 (岩波文庫) 関連情報

墓地展望亭・ハムレット他六篇 (岩波文庫)

・本書は、久生十蘭の岩波文庫2冊目の短篇集で、今回の刊行を快挙として評価したい。願わくは、十蘭が今後も末永く読み継がれんことを。以下、収録作品の一部を紹介。・「骨仏」は、男女の三角関係を活写したわずか5ページの掌篇。主人公の梶井は、「伊良の細君は肌の美しいひとで、その肌なら、ある意味で伊良よりもよく知っている」という負い目を隠し持っている。伊良の細君の死には、伊良自身が手をかけた可能性が疑われるが、梶井は、さすがに十蘭の登場人物らしく、寝たきりの身であっても少しも動じるふうがなく、その飄々とした物腰から諦念の味わいがにじみ出る。梶井という名前から、梶井基次郎の「のんきな患者」などの闘病物の名作が連想されてならない。・「雲の小径」は、旅客機に搭乗中の主人公の夢と現実が次第に曖昧になり、墜落死の危機が背後に迫ってくる。結末のエピソードが印象鮮やかな余情を残す短篇であるが、途中、降霊術のシーンでは、故人の恋人との会話に熱中する主人公の孤独が痛ましい。・「湖畔」は、森鴎外の史伝を思わせる彫心鏤骨の文体の傑作短篇で、主人公は生来の劣等感から残虐なふるまいにおよぶが、意外にも「純愛」の結末を迎えるというもの。主人公の佞悪ながら稚気に富むキャラクターと、漢文脈のキリリと引き締まった文体とが相まって、逆説的に、古き良き明治の再現に成功している。・表題作の「ハムレット」は、戦中・戦後の日本の世相を巧みに織り込みながら、シェークスピア劇の古典的な空間を生きる男を描くという奇抜な着想の短篇で、イタリアのピランデルロという劇作家の戯曲「エンリコ四世」を下敷きにした作品とのことであるが、アクロバティックなプロットを自家薬籠中の物にした十蘭の技巧の冴えには舌を巻く。・人間の隠された本性は絶体絶命の土壇場で露呈するが、また、そのような逆境にあって初めて清浄無垢な美しい魂にも触れることができるというのが十蘭の信念で、「虹の橋」のヒロイン・真山あさひの場合がそうである。友人へのなりすましが仇となり、殺人の濡れ衣を着せられるが、老婆の恩愛の情から前途に一筋の光明を見出した後の、あさひの凛とした立ち姿が胸を打つ。過酷な運命に翻弄されるあさひが悲惨すぎるが、十蘭は、あさひの清浄無垢な魂を強調したいがために虐げているのであって、べつにサディストではない。ジュウラニアンもそんな作者のひたむきさや潔さに喝采を送るのである。・十蘭の主人公たちは、しばしば周到な準備を行い、度を越した犠牲精神を発揮して、死すべき存在「モータル」を演じ切っている。そもそも彼らは人生に対し積極的なのか、それとも消極的なのか。おそらく、いずれでもあるのであろう。そんなアンビバレンツな人物造形こそが、まさに十蘭的であり、その尽きない魅力の源泉であると思う。ほかに、「生霊」「墓地展望亭」「妖婦アリス芸談」を収録。墓地展望亭・ハムレット他六篇 (岩波文庫) 関連情報

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